前回の続きです。主に霧島佳乃の見た夢と遠野美凪の罪について思ったことを。
霧島佳乃
右手首に黄色いバンダナを巻いている元気な少女。バンダナを大人になるまで外さなければ魔法が使えるようになると姉に言われていて、魔法が使えるようになったらまず亡くなった母に会いたいと言っていた。そんな佳乃には小さいころから自分でも知らないうちに外を出歩いたり、意味の分からない独り言を言ったりする症状があった。
そういう症状のあることを知ってしまい、皆の幸せのために佳乃は空に行こうとしてしまう。神社の前で倒れている佳乃に往人が法術をすることによって佳乃の見ている夢が現れる。
夢の内容
空から降った翼人の羽を持っていた白穂は、子どもの八雲と共に他村へ移住する。ところがその村に疫病が発生し、その原因は羽を持っていた白穂と八雲にあると村人たちに噂されていると知る。このままでは八雲は村人によって生贄にされると宮司は言う。八雲は病に臥せりながらも回復の兆しにあった。白穂は八雲が生贄にされるくらいなら自ら八雲に手をかけようとするも出来ず、自刃しようとする
佳乃の見た夢について
知恵袋にあった解説によると、佳乃は白穂の生まれ変わりらしい。
そのうえで、オレはこの夢は二重の意味があるように思った。一つは佳乃の前世で事実としてあったこと。もう一つは佳乃自身の現在の状態を表したもの。往人が佳乃にした法術はおそらく裏葉が神奈の見ている夢を表した魂寄せの法に関連するものだと推測する。その夢は事実を表してはおらず、神奈自身の状態を表していた。そのため佳乃の夢もまたそういった面があるように思った。
そして夢に登場する白穂と八雲が佳乃の状態を主に象徴していると思った。それは佳乃の症状が回復しつつあることと、佳乃自身が成長したいと望んでいたということ。白穂と八雲、それぞれの場合で考えてみたい。
佳乃が八雲の場合
佳乃が八雲である場合は、八雲は病に臥せりながら回復の兆しにあったことから、佳乃も症状がありながらそれは回復の兆しにあったということを表しているように思った。
佳乃の症状は母親のなくなった三歳の頃に始まり、その原因は母親を失ったことで心に負担がかかっていたことにあった。きっかけと考えられるのは、一つは夏祭りに聖に買って貰った風船を他人とぶつかった拍子に離してしまったことにある。空に母親がいると信じていた佳乃にとって、風船を失うとは母親と通じる手段を失うことだった。その後に神社に行き、輝く羽を見つけたことが二つ目だろう。翌日から症状が佳乃に現れた。ミチルが言うには、羽には沢山の人たちの思い出が詰まっているという。それには佳乃の前世や佳乃の母親の思い出も詰まっていたのかもしれない。小さい頃から症状が現れていたとはいえ、佳乃は聖と父がいたから寂しくなかったと言うことから、佳乃の心の負担は時間の経過と共に自然と軽くなっていたのではないだろうか。それが夢の八雲に現れているように思った。
佳乃が白穂の場合
白穂には佳乃の二つの想いが現れているように思った。一つは佳乃の母親に対する想い、もう一つは姉に対する想い。
佳乃は母親が長く生きれなかったのは自分のためかもしれないとずっと思っていた。しかし母親からすれば仮に佳乃を生まなければ長生きできたとしても、それでも佳乃を生んだことを後悔などはせず、生んでよかったと思うという可能性も考えられるのではないか。仮に佳乃の母親が娘にそうした想いを抱くのならば、それは白穂の場合にも同じように考えられる。白穂はそのために八雲の代わりに自分の命を絶った。佳乃は往人に会うまでずっと母親に対して謝りたいと思っていたため、白穂はそうした母親の想いを佳乃に気づかせる役割もあったのではないだろうか。
もう一つは姉に対する想いの表れで、小さいころから母親代わりをしてくれていた聖の助けになりたいという想いの表れであるように思う。
佳乃が今までずっと思っていたことは、自分を生んだために母親が長く生きれなかったのではないかということの他、父親が体調を崩したときに見ていることしかできなかったということと、姉の聖が働いて自分を育ててくれているのに大した手伝いが出来ていないということだった。そして、最近になって自分には母親代わりをしてくれた聖がいたのに、聖には母親がいなくて不公平だと思ったと言っていた。そういう時に、自分でも知らないうちに外を出歩いたり、意味の分からない独り言を言ったりする症状があったことを知り、空に行こうとした。佳乃が残した手紙には姉は本当はすごく無理をしているから助けてあげてほしいということが書いてあった。与えられるばかりで何も返せず、何か返したい、力になりたいという想いが佳乃にはずっとあったのではないかと想像した。そういう姉を助けたいという想いが、夢の中で白穂が八雲を助けようとするシーンとして現れたように思った。
その想いはまた、母親代わりの姉からもう母親の代わりはしなくてもいいように自身も少しでも成長したいという想いでもあったのではないか。それは子どもとして親に守られる状態からの脱却でもあるように思う。佳乃が空に行こうとしたきっかけは自身の症状を知ったことにあったとはいえ、そうした行動の裏にはそういう姉への想いが根底にあったためだった。自分よりも自分の大事な人たちのために行動するのはAIRの登場人物の多くに共通している。白穂が八雲を救うために自分を犠牲にしようとしたように、佳乃の空に行こうとした行動もまたそうしたものだったとオレは思った。
おわりに
心の負担が減っていったのは聖が母親代わりをしてくれていたためであり、佳乃はそうした聖の助けになりたいという想いがあった。問題の解決は、成長によって母親から距離を置くことでもあった。小さい頃に母親を失った佳乃は、母親の愛情を欠いたために症状が現れたともいえる。それを満たしていたのが母親代わりの聖だった。その聖を助けるためには、佳乃の自身の母親への想いから脱却することが必要だった。それが白穂と八雲の夢が場面転換して佳乃の母親が現れる夢となって表れている。佳乃が母親に生んでくれたことに感謝をしたことで右手首の傷が消えた。それは佳乃の心が完全に癒えたことを表しているのだろう。往人の言う佳乃の魔法とは、そのような過程のことを指しているのではないかと思った。
遠野美凪
天体観測が趣味の物静かで心優しい少女。
廃駅でミチルという名の少女と一緒に過ごすことが多い。小さい頃に父親から貰った星の砂を今も持っている。流産して次女を失い心を病んだ母親がいて、母親は美凪をその次女と認識している。
美凪も観鈴、佳乃と同じく、幼少時より心の負担を抱え、どこかで疎外感を抱いていた。美凪の場合は母親が心の病を抱えていたことから、母親の娘でありながら母親の母親のような役割もしていた。
美凪の罪について
美凪の言う罪とは、幼少時に妹が欲しいと望んだことだった。それを望んだために、結果的に母親は心の病にかかり、美凪を流産した次女と認識して美凪もそれに合わせるようになったと美凪は考えていた。だが本当にそうだろうか。
幼少時の美凪が妊娠中の母親に妹が欲しいと望むことは自然なことのように思う。それはそれほどの罪だろうか。それに対する罰は小さい美凪には大きすぎる気がする。母親が美凪を次女と認識するようになってから、美凪はあまり笑わなくなっていた。そうした時にミチルと出会い、ミチルといるときは美凪も自然と笑っていられたという。
ミチルという存在
ミチルはAIRの物語において、その立ち位置からして重要な存在だと思う。夢であり、空に還るミチルは他の多くの登場人物たちとは異なりあちら側の存在に位置する。美凪の母が流産したことを思い出し、それと同時に次女と同一視されていた美凪の存在が無かったことになった時に、ミチルは「美凪はもう夢から覚めなければならない」と言ってどこかに駆けて行ったことがあった。その後すぐに美凪の母の記憶が思い出しかけたことから、ミチルはそのように思い出の側から思い出に働きかけられる存在のように描かれている。
ミチルは幼少時の美凪を見て幸せにしたいからやってきたと往人に言っている。美凪は父親から星には神様が棲んでいて、私たちを見守っていてくれるという話を聞いていた。疎外感を抱いていた幼少時の美凪が星の砂に何かを願ったなら、過ぎた罰に対する補償が神様から送られたことがあったのかもしれない。それがミチルであり、美凪の心の負担はそのおかげで軽くなり、癒されていったとも見ることも出来るかもしれない。美凪が美凪自身として母親に会いに行った時にはミチルによって幼少時の頃からの心の負担は消えていた。母親も記憶を取り戻し、もう美凪を不安にさせるものがなくなった時が、美凪の夢が覚めて、ミチルが星に還る時だった。
おわりに
美凪が自身の罪によって始まってしまったと考えた過去があったからこそミチルと出会い、母親の記憶が蘇ったときの嬉しさや美凪が自分でいられることの喜びがあった。ミチルとの別れの悲しさでさえも、そもそも美凪がミチルを大切に思っていなければ起こりえないことだったろう。そのようにして美凪が自身の過去に意味を持たせて過去を肯定することが往人の言う“飛べない翼の意味は大切な思い出”ということではないだろうか。それは同時に現在の肯定であり、また未来への新しい萌芽になる。それが美凪を義妹へ会いに行かせることにつながったのではないかと思った。
あ、あの…ずっとスタンバってたんですけど…
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