【Fate/stay night】アーチャーの歯車について 追記

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前に書いたことの追記です(Fate/stay night アーチャーの歯車について四つの説

「歯車が狂う」という用語について

精神看護の専門家山根俊惠の著書を読んで、「歯車が狂う」という用語も現代人の心象、もといエミヤの歯車の浮かぶ心象を反映しているのではないかと思いつき、④の象徴的な意味の補足を出来ると思ったため追記する。

NPOで引きこもりを支援している山根は、ある時に就職氷河期世代の人が「人生詰んだ」と口にしたのを聞いて、この言葉は現代という時代を象徴していると考えた。それはバブル崩壊後の社会構造の変化によって社会との信頼や絆を人々は失ったため、当人の努力ではどうにもならない、どうやっても上手くいない状況に入り込んでしまうことを表したためだった。それが歯車が狂い「人生が詰んだ」状態ということだった。

コトバンクによると「歯車が狂う」の意味は“どこかにくい違いが生じて、順調に進んでいたことがうまくいかなくなる”ことを言うらしい。人生の歯車が狂い人生が詰む状況は、②で分析したように「灰の空」という絶望状態へと至る意味での歯車の現れにそのまま当てはまる。当人の努力ではどうにもならないことで人生の歯車が狂い、人生のレールから外れることもあるかもしれない。レールを車輪が外れるとしてもいい。順調の時は意識されない歯車、車輪が、その時に大きく意識される。そうしてどうやっても上手くいかない「人生が詰んだ」状態にはまり込んだ人の見る世界が灰色の風景であってもおかしくはない。

TYPE-MOONが『Fate/stay night』を発売したのは2004年の一月であり、シナリオライターやイラストレーターが1973年生まれのため、製作者たちも就職氷河期世代に当てはまる。彼らが「人生が詰んだ」状態を実際に経験したかはわからないし、それはあまり重要とは思えない。ただ、歯車が狂う、人生が詰むという感覚をこの世代は意識的に無意識的に誰もが抱いていたのではないかと想像する。そしてそういう感覚は就職氷河期世代以降の下の世代も抱えているため、同様に伝わるものがあるのではないかと思った。それは現在というバブル崩壊後から続く慢性的なデフレ不況下にあり、社会との絆が失われた中で競争し存在としての自己肯定感さえ失われがちな時代にあるためではないだろうか。 stay night の英霊たちや主要人物の抱く常に不当に扱われ、誰かの道具として利用され、誰にも理解されないという想いは、そのまま灰色の世界の風景を持ってしまった歯車が狂い「人生が詰んだ」心を現わし、またそうした状態ではない人々も、心のどこかではそうした不安を及ぼす社会を感じているのではないか。

そういう状況にある現代という時代にあって、現代人の士郎が求めたものが美しいモノだったのも、今の時代に欠けているものを示唆しているようにも思う。根源という人の身では届かない場所にある英霊とは、元々は英霊を崇め奉る人々の想いによって作られたものだった。英霊という人間を超えた究極の力、理想は、世界の外部にあると同時に内部にもあることになる。それは人間が美を経験する理由は生前に全てのイデアの蓄えられる天外の清浄界を観照してきたためというプラトンの話を彷彿とさせる。士郎がアルトリアを守りたいとしたのも、凜がエミヤを救いたいとしたのも、その英霊の姿勢や生前の生きざまや心を美しいと思ったからではなかっただろうか。stay nightには、実は最初から現代に欠けているものを求めて全体性を統合しようとする姿勢が含まれていたとも見れる。

“魔術師なんていう存在は現代では容認されない。計測できないモノを信じ、操り、学ぶわたしたちは、現代社会とは相容れない存在だ”

“科学でしか到達できない地点があるように、神秘でしか到達できない地点があるのだ。科学が未来に向かって疾走しているのなら、魔術師は過去に向かって疾走しているようなものだ”

プロローグ 『Fate/stay night[Realta Nua]』Android版 TYPE-MOONより

運命の車輪について

歯車やどん詰まりを感じるのは慢性的デフレ状況下にある今の時代や社会だけでなく、他の時代や社会にもあったのではないかと思いついた。


中世西洋の絵画ではローマ神話の運命の女神フォルトゥナが、巨大な車輪と共に描かれることが少なからずある。

中世西洋の運命の車輪

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車輪は運命を表し、人々はそれに対して何も成す術を持たないといったような消極的な描かれ方をされているものが少なくない。絵画という芸術が創作者個人を超えた時代をも反映しているものならば、そこに当時の西洋の人々が想っていたことや観念を見出すことも出来るかもしれない。


福田恒存が言うには、ルネサンス期以降の時代は自然科学の進歩によって人々が自由の観念に目覚め始めた時代だったという。発明により過去の不可能が可能になり、それに伴い社会階級制度も改善され、個人の抑圧が解放されていった。人々は自信を持ち、理性は神に等しいとし、ロマン主義の時代にその想いは頂点に達したという。同時に、そうしたことを推し進めた反動として自然科学そのものの行き詰まりもあり、自然科学への幻滅が訪れたという。そうして、その時代の産物として、宿命という観念が現れたと福田は考えていた。


そうして昭和30年くらいの時に、原子力の利用により自然科学は再び活気づき、それが社会科学の発達に結びついて人間の未来を前途洋々と思い込み、錯覚していると福田は述べていた。何でもできる自由を得ようとして、操ろうとして、かえって自分自身が操れなくなり、結果自由を失い、それが絶望につながると考えていた。これは選択肢がない自由の問題ではなく、選択肢が多い自由に対する人々の態度が試されている問題とも言えるかもしれない。


福田が原子力による活気づきに触れたように、ちょうどその頃から約20年間、石油危機の影響が及ぶまで経済成長が続いた。今ではそれによって公害が起こったことや、原発事故などにより原子力のリスクがあることがより実感をもって人々に認識されている。しかしそれは、戦争により生産施設が破壊されてから十年後のことで、復興し発展するために必要なことでもあったと思えば、当時の人だけを責めることはあまり出来ないようにも思う。責任はリスクを周知しなかった人々、また知ろうとしなかった人々など、誰もが少しは持っている。


1980年代後半に起こったバブルとその崩壊にも、ルネサンスや高度成長期で起こったのと同じ問題が伺えるだろう。この時期は地価や株価の暴騰による好景気で国全体が浮かれている時代だったという。その反動は、政府の引き締め政策によってすぐに起こり、明るい前途は暗い前途に反転し、経済の行き詰まりや幻滅が訪れた。今の慢性的デフレ状況下の身動きが出来ない状態に陥ってしまったのは、政治的経済的要因以前に、物事を自由に出来るという人々の過度の思い込みや錯覚にあったのではないだろうか。


今の人生はどん詰まりと考えている人にも、それは同様なことのように思える。それは従来の価値観の反動のためにそのように思うようになったのではないだろうか。臨床心理学者の高垣忠一郎は、自分を否定したり責めたりする人は「こうあるべき」という自身の基準、役割、価値観、在り方に囚われているためと考えていた。高垣はまた、現代の競争社会は人々の機能を重視し存在を軽視していると考えていた。人々の価値観の形成に社会のそのような要請が関与していることはあるだろう。競争社会は人々の価値観を容易に能力主義にすることもあるかもしれない。


サンデルによれば、西洋文化の初期には既に自分の運命は自分の能力や功績の反映とする考えがみられ、それが西洋人の道徳観に根付いていると述べていた。その時代では神からの恩寵は成功の証で、災厄や疫病はその人の落ち度にあるという見方ということだった。日本でも古代から中世、近世の呪術的な面に似たような見方が伺えるものがある。サンデルは、そうした見方が現代の富は成功の証、貧困は怠惰の印とする能力主義の起源と考えていた。


この主義の見方は、好調の時は問題がない。しかし一度予期しないことが起こり、それによって人生の歯車が狂うという状況になった場合、成功の原因を己の努力としてきたように、失敗の原因をも己の問題に限定してしまいがちになる。しかし能力主義の弱点は、目に見えない恣意的な要素である環境などを無視していることにある。失敗や成功をある程度は自分の努力にあるとするのは自信を持つためなどに有効で必要だとしても、全てを自分の責任とするのは傲慢にも見えるかもしれない。自分を否定したり責めたりする人も、そのような価値観に囚われていないと言えるだろうか。


必要なのは、現代主流の主義を絶対視せず、相対化する視点を持つ事だろう。それは言い変えれば、実力主義社会の自分と自分の価値観を同一視しないという見方を持つことで、他者と自分だけでなく、自分と自分との間にも距離感を保つということであり、それが自分自身をコントロールすることにつながるということになるのかもしれない。主流になるということは、それが最も成功すると考えられているということのため、それ自体は実益につながり悪いことではない。


最近は仮想通貨やNFTがブームになっている。それで活気づいたり盛り上がること自体は良いことで、メタバースでこれまでにない社会の枠組みを形成できるという見方もある。だが落とし穴は同時にそこにあるのだろう。自由を得ようとして自由にコントロールされる限り、人々は永遠に幻想に欺かれるのかもしれない。

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